

2008年1月スタートしたNHK大河ドラマ「篤姫」。
主役・篤姫を演じるのは、連続テレビ小説「純情きらり」主演の、宮崎あおいさん。
篤姫の人生は、まさに波乱万丈でした。薩摩藩・分家の娘から、第13代将軍・家定の御台所となり、
さらには将軍の代わりとなって、倒幕軍に江戸城を明け渡し、徳川時代に幕を下ろします。
天璋院篤姫(てんしょういん あつひめ)
:1836年2月5日(天保6年12月19日) ~ 1883年(明治16年11月20日) 享年48歳
:別称:一子(かつこ)・敬子(すみこ)・篤子(とくこ・あつこ)・篤君(あつぎみ)
:通称:篤姫(あつひめ)
鹿児島城下に、薩摩藩島津家一門・今和泉5代領主「島津忠剛」の長女として生まれ、
幼少期から養女になるまで指宿で過ごす。
(JR指宿・枕崎線の薩摩今和泉で下車、国道を鹿児島方面へ歩いて5分ほどのところに石碑がある)
幼育係は、長兄忠冬と同じ人で、兄と比べて、その利発な成長を喜び、
父忠剛は『一子が男であればなぁ』と憚らなかったという。
5歳の頃、兄たちと今和泉の浜辺で遊んでいた時、漁師とのすれ違いから兄忠冬が危ないと判断して、
相手に石を投げつけるという事件が起こった。
幼育係は恐れながら報告したところ、父忠剛は、相手に立ち向かわなかった兄達を嘆いたという。
風光明媚な土地柄は、おおらかで繊細な人間を育てると言われるが、
まさに天璋院のパーソナリティは今和泉の浜辺が育んだものではないだろうか。
1853年(嘉永6)18歳の時、薩摩藩主島津斉彬の実子として幕府に届けられ、名を篤姫と改めた。
同年鹿児島を出立して江戸へ向かう。
1856年(安政3)2月、第13代将軍徳川家定の御台所(夫人)に迎えられることが決定。
7月に近衛忠熙の養女となり、名を篤君(あつぎみ)・敬子(すみこ)と改める。同年12月11日に結納した。
18日に婚礼したが、1858年(安政5)7月に家定が死去。敬子は落飾して天璋院と号することになった。
その後の生涯を大奥で徳川家の救済に尽くす。
篤姫”画像の著作権は(株)島津興業に帰属します


幼少の頃遊んでいたとみられる屋敷前の松林 「今和泉家島津忠剛」屋敷跡地

